インド人エンジニアの給与は?という質問|インドエンジニア採用FAQ

インドのエンジニア人材というと、とかく安いエンジニア労働力としてのイメージが付きまといます。実際、セミナーなどでは、著名な日本の企業の人事部の方がインドエンジニアの給与がどれぐらい安いのか?IITの教授に質問なさっていたりします。

ビジネスにおいてエンジニアの給与水準というのは非常に重要な要素ですが、これらのことは、議論の本質がかみ合っていません。

何故なら、本質的には、給与というのはその人の会社や社会への貢献によって決定されるものであるため「インドのエンジニアの給与は幾らか?」という質問には意味がないからです。

今回は、インドのエンジニア人材の給与について解説していきます。

インド人エンジニア人材の給与

伝統的な日本企業の人(仮にAさんとします)とお話をすると「インド人エンジニアの給与が高いか低いか?」の話になりますが、この議論には全く意味がありません。

繰り返しになりますが、給与は先に存在するものではなく、その人の会社への貢献度合いによって決定されます。おそらく、推測ですが、Aさんの会社では組織への貢献の度合いと関係なく高い給与を得ている人がいたりするのではないでしょうか?

こういった事象は日本の企業の構造的な問題であり、国際競争を勝ち抜くためには、まず、この考えから脱却する必要があります。年収300万円の人は給与300万円分の貢献をしている必要があり、年収1000万円の人は給与1000万円の貢献をしている必要があります。

従業員の貢献に対してアンフェアな報酬をするのはブラック企業ですが、会社への貢献以上の給与を得る従業員もまたブラック従業員です。貢献バランスの無いアンフェアな報酬設定は、頑張る社員へのしわ寄せ・不利益という形で組織に広まり、組織の健全な成長に大きな悪影響を及ぼします。

年収1000万円のエンジニアは、その給与に見合う貢献をしている故にその給与を得ることができているのであり、給与の低いエンジニアは貢献の度合いが低いからに他なりません。そして、これは事務でも営業でも経営者でも同じです。

結局のところ、インド人エンジニアの給与が高いか/安いかという議論は本質を全く得ていません。

インド人エンジニアの給与は幾らか?

そのため、インド人エンジニアの給与について考えるならば、「幾ら以上の給与の仕事をする人ならば、わざわざインドからコストを掛けて呼ぶことに整合性があるか?」という視点で検討する必要があります。

インドでオフショアで安く開発。といったビジネスは存在しますが、オフショアで開発可能ということは、つまり仕様書や要件定義が明確であるということです。仕様書や要件定義が明確でないプロダクトをオフショア、外注先に丸投げで作成すると確実にコレジャナイ‐プロダクトが完成します。完成するだけマシかもしれません、完成しません。

オフショア会社のハンドリングスキルも多少は要素として絡みますが、仕様書が明確なプロダクトはコモディティであり、価格競争が進みます、さらにはAIが作成するようになります。つまり、オフショアで可能、すなわち明確な仕様書が作成できるプロダクトならばコストを掛けて人間をインドから招聘する必要はありません。

インドからわざわざコストを掛けてエンジニアを招聘する以上、AIに負けないプロダクトを開発する必要があり、AIに負けないプロダクト開発は技術者同士が時間と空間を共有することでのイノベーションや化学変化が起点となります。

つまり、インド人エンジニアを日本に呼ぶ場合「給与は幾らか?」ではなく、海外からの招聘(しょうへい)費用がペイできるラインはどこか?ということを検討する必要があります。そしてこれらには先行事例が明確に存在します。

現時点でインド、バングラディシュ、パキスタンなど英語公用語国のエンジニアの場合、アメリカやイギリスの企業がわざわざ呼ぶ(雇用する)ラインは日本円で年ベースで700万円程度です。700万円というと高いと思われるかもしれませんが、正社員(無期限の雇用契約)ではなく、有期雇用契約のため、特段高価ではありません。

そして、その数値よりも大切なのは受け入れ態勢、すなわち700万円に見合う貢献をした人には700万円の報酬を提供する組織に変化するということです。

伝統的な日本企業には働かずに高級を得る人が居ます。もちろん、貢献というのは過去の功労であったり、寡聞にして見えにくいものでもあります。しかし、それらを勘案したとしても彼らは給与に見合った貢献をしているのでしょうか?甚だ疑問です。

インドエンジニアを採用するということは、「700万円に見合う貢献をする人を700万円で雇用する」というシンプルな採用戦略の1つでしかありません。しかし、同時に骨太で筋肉質な組織に変貌するという組織の進化のきっかけです。

エンジニアの技術というのは、あるレベルまではレッスン型のトレーニングで向上させることができます。それならば、そもそも、わざわざインドやパキスタンやバングラディシュ、海外から呼ぶ必要はありません。アメリカやイギリスの事例を鑑みるならば、距離的なコストの低い国内人材をトレーニングするほうが十分に経済的なメリットがあるということです。

外国人>日本人女性という誤った経済優位性

伝統的な日本企業でよく伺う謎なのですが、外国人は距離的なコストがあるのですから、レッスンによって習得できるレベルのエンジニア人材が不足しているのでしたら、道義的な理由以前に日本人をトレーニングしたほうが経済的に有利です。

それにも関わらず「安いから」という理由での外国人雇用は散見されます。距離的なコストがあるのですから、安いわけがありません。

そうなのですが、このようにいうと「日本人で募集しても日本人が居ない」というお話はよく聞きます。しかし、そうでしょうか?

例えば、現在の日本ではナイトワークに従事している女性が約60万人に存在すると言われています。そして、これらは毎年約10万人のペースで入れ替わっています。新卒が50万人ですから、規模としては相当な人数です。

この10万人はどこに行っているのでしょうか。エントリーレベルのエンジニアでしたら、彼女らを育成するほうがコスト的に非常に有利です。

このように言うと、女性はエンジニアなんてやりたがらない、というご意見もよくいただきます。しかし、断言しますが、それは自社に魅力が無いからです。「女性は」と言ってしまっている時点で自社の可能性を経営者自らが塞いでしまっています。これは非常に大きな損失です。

また、エントリーレベルエンジニアということでしたら、例えば高卒採用は非常に大きな分母です。日本の大学進学率は50%程度ですので、新卒マーケットと同程度の人材プールがあると言えます。

「高卒者は地頭が悪い。地頭があるならば大学に進学しているはずだ」というお考えもよく聞きますが、それは間違いです。仮にそういったことがあるのだとしたら、「当事者が頭が悪いと社会から思わされている」に他なりません。

実際、この高卒人材マーケットを活用している業界に不動産業界があります。いわゆる非進学校に出向き、不動産業界の素晴らしさを解き、宅建などの必要な資格といった就職するまでのルートを提示するという、地道な採用活動を続けています。

結局のところ、人手不足の正体は教育の不足、それも所謂知識的な教育ではなく、何のために働いているかといった理念部分からの人材教育・人材育成です。ニューヨークのワールドトレードセンターのゴミ捨て場では、ゴミ捨て場の作業員が「自分たちの仕事によって世界経済がまわっている」という認識のもと活躍しています。

人手不足業界からは「日本人でやりたい人がいないから、外国から呼ぼう」という声は本当によく聞きます。しかし、日本人でやりたい人が居ないのに、外国人にとっては人気の仕事というのは存在しないでしょう。

道義的な理由の前に、物理的な距離がある以上、外国人は安い労働力にはなり得ません。そのため、安い労働力としての外国人雇用はビジネス的に完全に悪手です。ドバイのようにそもそもの人口が圧倒的に少ない国でしたらビジネス的なメリットはあるかとも思いますが、日本には十分な人材のプールが存在します。

もちろん、これはネガティブな意味ではなく、非常に大きなビジネスチャンスです。日本にある十分な人材のプールを活用し、その上で、教育によって到達が難しいレベルの人材を海外から招聘するという人材戦略こそが最も生産性の高い人材戦略です。

よい会社になることが全ての起点

このコラムでは繰り返しになりますが、企業にとっての最も確実は投資は「採用と育成」に関する投資です。そして、その土台として絶対に必要なのは「よい会社になる」ことです。

先ほどの不動産業界の場合は、自社の社員が自社の素晴らしさを高校生に語れるレベルまで誇りを持っています。子ども騙しと言われるかもしれませんが、子どもを騙すのは非常に困難です。

これは採用・育成に対して非常に大きなコストを投資していると言えます。このコラムでは繰り返しになりますが、採用にコストをかけるというのは、人材会社に費用をかけることではありません

医療法人の経営者あるあるですが、退職が止まらない病院の穴を埋めるために病院Bから看護師を1人150万円でハンティングすることは、本質的になんの解決にもなりません。

退職が止まらない病院の経営者ならば、なぜ退職を決断してしまうのかをヒアリングし、今働いている人が幸せに充実して活躍できる組織に変化することが起点となるはずです。穴の開いた船に人材を注ぎ込むことは経営として意味がありません。

その150万円を原資にして改善できることは色々とあります。※実際、看護師が辞める理由は看護師の人数が少なすぎて仕事がきつすぎるだったりします、だとしたら年間3人程度の穴埋め補充の費用で1名増員できます。穴の開いた船の水をかき出すことと同時に穴を塞がねばなりません。さらに、この手合いは結局のところゼロサムゲームであるため、社会に対しても何らの貢献をしていません。

採用と教育は確実な投資であり、多くのコスト費やしても問題はありません。しかし、そのコストは徹頭徹尾「よい会社になる」ための投資です。採用費用は、穴の開いた船に蓋をするための費用ではありません。

採用への投資は非常に重要ですが、それらは採用そのものではなく良い会社になるために使われるべき費用です。

なぜインドエンジニアなのか?

だからこそ、インドからエンジニアを採用するという戦略、正確には国籍に拘らず採用する際には、その戦略意図を確認しておく必要があります。

その理由は、普通の人をレッスン型トレーニングしても到達できないスキルレベルの人を採用したいからです。先ほどからの繰り返しですが、あるレベルまでは普通の人にレッスン型トレーニングを施すことでスケジュール通りに到達できます。

そして、その「普通の人」はわざわざ海外から呼ぶ必要はありません。今回はナイトワーク女性であったり、高卒人材が例示されていますが、国内にいる人を育成するほうがコスト的に有利です。癌や心の病で退職し復帰が難しくなっている人、育児中・介護中の人など、日本国内に人間は沢山存在します。

つまり、インドエンジニアを採用する目的は、並みのエンジニアではなく、圧倒的に優秀なエンジニアを採用することに他なりません。もちろん、インドというのは人口比による結果論なので、国籍自体はバングラディシュでもパキスタンでもアメリカでもフィリピンでも広く採用の門戸を開く必要があります。

中国やインドネシアでも全く問題ないのですが、英語非公用語国の場合、現実問題としてエンジニアに日本語を話させてしまうことになるため、要件が高くなります。

日本語はできないのか?

そうすると、「日本語はできないのか?」「日本語ができる人がいい」という声をよくいただきます。もちろん、できた方がよいですが、繰り返しになりますが、目的は採用門戸を広くすることです。

そもそも論ですが、日本語というのは世界シェア2%以下の超希少スキルです。つまり、採用プールとしては非常に狭いです。

多くの外国人雇用の現場で見えるのが「本当ならば日本人を雇いたいけど、仕方が無いから外国人を雇う」というスタンスです。もちろん、企業の採用スタンスですので間違い/正解は存在しません。しかし、「能力のある人を採用する」という方針とは全く整合性がとれていません。

採用戦略自体に正解/間違いは存在しません。しかし、採用戦略と実際のオペレーションに矛盾が「有る/無い」は明確に存在します。

「能力のある人を採用する」という採用戦略でしたら日本語は不要です。「日本語ができて且つ能力がある」という条件にした瞬間、極小の人材プールが対象になります。

ビジネスレベルの日本語はレッスン的なトレーニングで十分に習得が可能だということです。反面、高レベルのエンジニアスキルはレッスン形式では習得できません。

日本企業のもつ採用戦略のチグハグさ

冒頭の企業もそうですが、ほんの少し前まで、実力主義を掲げる採用方針の企業であっても「採用されるのはなぜか男性だけ」というのは日本社会では日常茶飯事でした。

もちろん繰り返しではありますが、「社員は男性だけ」という方針それ自体にいいも悪いもありません。英会話のレッスンに行ったら、講師が全て白人、というのも、会社の方針の1つです。

しかし、企業の成長戦略から採用戦略とブレイクダウンしてく段階において羊頭狗肉な矛盾がある場合、ビジネスは確実に失敗します。「実力で採用する」というのならば性別要件を設けるのは変ですし、グローバルな語学力というのならば、人種要件を設けるのも変ですし、レッスン形式では習得できないハイスキルな人材を集めるというのでしたら、日本語要件を設けていては、そうでない企業に対して後塵を帰します。

もちろん、性別や国籍・人種の要件は、男女雇用機会均等法や憲法第14条で禁止はされていますので「悪い」ことです。絶対にしてはなりません。しかし、憲法や法律以前に名目と実態に乖離があるフローは経済の普遍的なルールによって成立しえません。

何故、採用門戸を世界に開くのか?

それでは、なぜ、採用門戸を世界に開くのでしょうか?それはひとえに日本という国にそのポテンシャルがあり、日本での時間・空間共有開発は国際競争にアドバンテージがあるからです。

遊園地のような開発オフィスを持つ中国のスマホ企業は有名ですが、これらと同等以上のものが、日本にはナチュラルに存在します。御社の従業員がよく利用するレストランは、世界的に有名なあの企業の社員食堂に負けてはいないでしょう。それぐらいに日本にはポテンシャルがあります。

これらのポテンシャルがありながら、それを利用しない手はありません。一流同士が時間と空間を共有するということはプロダクト開発において重要であり、さらに、空間のクオリティにおいて「日本そのもの」は、そういった世界的な企業に引けを取りません。

グローバルな競争の中にあって、インドからのエンジニア採用は極めて整合性と勝算のある採用戦略です。

Last updated: 11月 1, 2019 at 22:47 pm

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