特定宗教・民族の依怙贔屓、社会性の無い人はダメです。|インドエンジニア採用FAQ

たまにご相談をいただくことに、外国人が何か主張を始めた際、その主張を聞かないのは差別になるんじゃないか?とご心配されるケースがあるのですが、基本的にそのご心配は全くありません。

もちろん、差別はあってはならないことです、そして個性や多様性は尊重される必要があります。

しかし、社会の一員であるビジネスパーソンに於いて必要なことは社会性です。この世には様々な個性を持っている人が沢山存在しますが、多様性や個性といった言葉には必ず社会性が必要になります。

社会性の無い個性や多様性は只のエゴイズムであり、許容・受容されません。そのため、社会性の無い個性を排除することは、企業の活動として全く問題ありません。

差別かどうかは、日々行っているビジネス活動で要求される社会性に基づきフェアに判断していくことで簡単に判別可能です。

お祈りは休憩時間に行う。

例えば、イスラム教など、宗教上の理由からお昼にお祈りをしたい、という社員がいるケースがあります。

しかし、特定の宗教を信仰する社員のために特別に、お昼休憩とは別にお祈りの時間を設ける必要はありません。

例としてのイスラム教ではありますが、例えば、イスラム教と一口にいっても色々とあります。また、世界には様々な宗教があり、その全ての信仰は尊重されるべきであり、かつ平等に扱われなくてはなりません。

信仰というのはとても大切なことではありますが、会社には様々な信仰を持っている人がいます。そのため、特定の宗教を特別扱いすることはアンフェアな依怙贔屓になります。

そして、これは、宗教だけの話ではなく、何を大切にしているか?何に重きを置いているか?の価値観は個々人で異なります。そして、価値観に尊い/尊く無いの差は存在しません。

例えば、この場合の正しい対応は、食事時間ではなく休憩時間に変更し、かつ、休憩の時間をフレキシブルにする、といった対応があります。

宗教だからOKで、スマホを見るのはNGというのは本質的には異なります。そのスマホを見るという行為が尊いか尊くないかは個人が決めることであり、会社が踏み込むことではありません。

もちろん、会社の回線で私的なネット閲覧というのはNGではあるでしょう。しかし、休憩時間は休憩時間であり、その内容は、全ての従業員に平等です。

特定の人を特別扱いする必要は全くなく、むしろ、特別扱いをすることは逆差別に繋がります。

会社としてクリスマス休暇は無くてもよい。

例えば、外国人に気を使ってクリスマスを休暇にする必要はありません。なぜなら、例えばクリスマスは日本国法に定める祝日ではないからです。

また、特定の信仰を優遇する施策になってしまうため、アンフェアな施策としてコンプライアンス的なリスクを高めることになりかねません。

この場合、必要なのは、有給が取れる職場環境を整える、という施策であり、特定の信仰をしている外国人に配慮をしてクリスマスを休暇にする必要はありません。

世界には多様な人材が存在している以上、クリスマスが関係ない人も存在します。

もし、自分の都合でクリスマスに休暇を取りたいのならば有給を申請すれば、問題はありません。特定の人を依怙贔屓してクリスマスを休業日にするという対応は不健全といえます。

しかし、休暇を取りたい人が休暇を取る権利は最大限保証される必要があります。だからこそ、有給休暇などを公平・公正に取得できる遵法・コンプラ・ガバナンスが必要になります。

春節は平日で、お正月は日本国法の祝日

例えば、中国の人が多い職場ですと春節の取り扱いをどうするか?というのはよくある悩みです。

しかし、日本の元日は日本の法律として祝日ですが、中国の春節は日本では祝日ではありません。

もちろん、祝日に営業してはいけない、という法律は存在しませんが、日本の会社ならば日本の法律に則り休業日にするということには一定の合理性があります。これは、日本の社会に対しての整合性を取る、ということに一定の合理性があります。

しかし、春節を休みにする必要はありません。もちろん、これは日本のルールを強制するということではありません。

有給休暇のルールに則り、中国の人が帰省するということは全く問題なく、むしろ働き易く永続性のある職場を作っていく上で非常に重要な取り組みです。

国際標準ルールが重要な判断基準

ここで重要なのは、会社のルールは社会のルールを尊重し、且つ社会のルールは日本国だけのルールではなく、世界のビジネスシーンのルールを尊重する必要があるということです。

一部の日本会社の社内ルールでは、セクハラ・パワハラが許されている場合がありますが、これは本来は国際社会の中の日本というスタンスで是正する必要があります。

女性だけにお茶くみをさせたり、失敗をした人に怒号や罵声を浴びせるのは、仮にその会社で許されていたとしても、国際標準のビジネスルールでは許されません。

日本では働き方改革が叫ばれていますが、働き方の多様性が進むにつれて人材の多様性もますます加速していきます。

しかし、社会性の無い多様性は只の無法地帯であり、エゴイズムに他なりません。そして社会性は、会社も従業員も同時に遵守していかなくてはなりません。社会性の無い行動を排除することは差別ではありません。

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